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和歌山地方裁判所 昭和59年(行ウ)7号 判決

原告 東和歌山駅前北側商店会協同組合

被告 和歌山市建築主事

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年三月二日になした日本国有鉄道大阪工事局長に対する第一―一一六号建築基準法第一八条三項による通知処分はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外日本国有鉄道大阪工事局長西村昭三は、和歌山市友田町一八番地の土地(以下「本件土地」という。)上に和歌山ターミナルビル駐車場(以下「本件建物」という。)を建築するため、被告に対し建築基準法に基づきその計画の通知をしたところ、被告は、昭和五九年三月二日付第一―一六六号建築基準法第一八条三項による通知処分をした(以下「本件処分」という。)。原告は、和歌山市建築審査会に対し、同年四月二〇日審査請求をしたところ、本訴提起当日である同年八月二四日これを棄却する旨の裁決がなされた。

2  本件処分の違法

(一) 本件建物は、敷地約二〇〇〇平方メートル、七階、延面積一万五〇〇〇平方メートル、収容台数五〇〇台の他二輪車七五〇台という大駐車場である。面積五〇〇平方メートル以上の駐車場は幅員六メートル未満の道路に設けてはならない(駐車場法施行令七条一項)ところ、本件建物に接する宮北一一号線(以下「本件道路」という。)の幅員は現実には六メートルに足りないのであるから、本件処分は違法である。

(二) 一般自動車道構造設備規則五条及び駐車場法施行令八条によると、双方向通行の許される最低基準は幅員五・五メートルである、すなわち車の通行可能の幅員が五・五メートルなければならないと解されるところ、建築基準法は、特殊建築、三階以上の建築、敷地一〇〇〇平方メートル以上の建築と道路との関係については条例により補完されることを予定している(同法四三条二項)が、右のような条例がない場合には、都市計画法三三条、同法施行令を適用し、建物の規模、用途に応じ基準以上の道路の配置がなされねばならないと考える。

しかして、かかる配慮を欠き交通の安全を維持できないときは建築許可をすることができないというべきところ、本件道路の幅員は現実に六メートルに足りないのみならず、側溝や電柱により自動車の通行可能な幅は四メートルに足りないのであるから、交通の安全を維持できず、したがつて本件処分は違法である。

(三) 本件建物の計画通知書によると、本件建物の建ぺい率が二一・九一パーセント、容積率は一四〇・九九パーセントとなつている。そして本件の場合容積率の制限が四〇〇パーセント、一部六〇〇パーセントとされているが、本件建物の敷地が約二〇〇〇平方メートルであるとすれば、本件道路の幅員を六メートルとして容積率の制限は三六〇パーセントのはずであり、前記容積率は予定されているターミナルビルの敷地まで含めて算定されたものであるから、本件処分は違法である。

3  原告適格

(一) 原告は、組合員九名からなる協同組合であつて、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)から本件土地の南西側約一九八平方メートルを借り受け、各組合員が物品販売等の営業をしているものである。原告は、昭和四一年まで東和歌山駅前で営業していたが、駅前整備に伴つて現在地に移転したものであるが、その際、本件土地のうちから無償を含む二〇〇坪の土地を本移転地として与えられることが和歌山市との間に約定されており、国鉄もこれを了承していた。したがつて、本件建物の建築は右約定に基づく期待権を侵害するものであるから、原告は本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する。

(二) 本件道路は、近鉄百貨店の入口に当り、同店専用駐車場が二ケ所あるため、現状においても常に交通は停滞し歩行者の通行が妨げられており、本件建物の完成によつて五〇〇台の車と七五〇台の二輪車が出入りすると、本件道路は著しい交通渋滞に陥り、原告はその営業や健康に重大な被害を蒙ることが予想されるから、原告は本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する。

二  被告の本案前の主張

原告は、次の理由により本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しない。

1  原告の肩書地は現在和歌山駅前の道路の一部となつており、その事務所は和歌山市友田町五丁目一八番地に移転していると仮定しても、それと本件建物とは約八〇メートル離れていて、本件処分によつて本件建物が建築されたとしても、原告は生活環境上の悪影響あるいは火災等の危険に直接さらされるおそれはない。

2  原告は、本件建物が建築されると原告の期待権及び営業上の利益が害されるものと主張するが、建築基準法は国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする(同法一条)ものであつて、営業上の利益ないし期待権を保護するものではない。

3  建築基準法の目的は前項のとおりであるから主として自然人を保護の対象とするところ、自然人とは異つて何らの生理的機能をもたない団体である原告は、同法が目的とする生命、健康の保護による利益を自ら直接享受しうる主体ではない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)のうち、本件建物の収容台数が五〇〇台の他二輪車七五〇台であることは認めるが、その余は争う。

3  同2(二)は争う。

4  同2(三)のうち、本件建物の計画通知書によると本件建物の建ぺい率が二一・九一パーセント、容積率が一四〇・九九パーセントになつていることは認めるが、その余は争う。

5  同3(一)のうち、原告が組合員九名からなる協同組合であつて国鉄から本件土地の南西側約一九八平方メートルを借り受け各組合員が物品販売等の営業をしていることは認める。原告が東和歌山駅前から現在地に移転してきた際、本件土地のうちから無償を含む二〇〇坪の土地を本移転地として与えられることが和歌山市との間に約定されており国鉄もこれを了承していたことは知らない。その余は争う。

6  同3(二)は争う。

四  被告の本案の主張

本件処分は、次に述べるとおり適法になされたものである。

1  本件のように建築主事のする適合通知については、計画通知書に明示されている事項について建築物の計画が建築基準法などの法令の定める客観的基準に適合するかどうかを判断すれば足り、建築物の敷地等を現地調査することは要件ではなく、建築主事は通知書及び添付書類の審査の過程において申請の不実過誤を発見しうる特段の事情の存在した場合を除き書類によつて判定すれば足りるものと解する。被告は、本件処分をなすに際して、通知書に添付された図面において本件道路の幅員が六メートルと表示されていることを確認しているから、それ以上に現地調査する必要もない。また、仮に本件道路の幅員が六メートル未満であつたとしても、通知書及び添付書類の審査の過程において通知書の不実過誤を発見しうる特段の事情も存しなかつたから、本件処分には何らの違法も存しない。

2  建築主事は、通知書の審査にあたり、建築物が技術的見地からして建築基準法一条の目的の実現のために定められた諸規定すなわち同法及びそれに基づく命令・条例に適合しているかどうか審査する義務のみを負い、右各規定以外の他の法令の適合性まで審査する義務や権限を有するものではない。

したがつて、被告は、一般自動車道構造設備規則五条や都市計画法三三条、同施行令との適合性、さらに原告が前記期待権を有するか否かを審査する権限や義務を有するものではない。

3  本件建物の計画通知書によると、本件建物の建ぺい率は二一・九一パーセント、容積率は一四〇・九九パーセントとなつており、被告は、右建ぺい率が建築基準法五三条一項三号の定める割合(八〇パーセント以内)に適合していること、右容積率が同法五二条一項四号、昭和五五年一二月二七日和歌山県告示第一〇六四号に定める割合(四〇〇パーセント、六〇〇パーセント以内)に適合していることをそれぞれ確認したから、本件処分には右の点について違法は存しない。

五  被告の本案の主張に対する原告の認否

いずれも争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(本件処分)は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず原告が本件処分の取消しを求める原告適格を有するか否かについて判断する。

1  行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨規定しているが、ここにいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者をいうと解すべきである。

2  本件処分は、建築基準法一八条三項に基づき建築物の計画が法令等に適合する旨の通知であり、右は国等の建築物について同法六条の建築確認に代わるものとしてなされる手続である。

3  そこで、原告の主張する諸利益が本件処分の根拠となる建築基準法によつて保護される利益であるか否か検討する。

(一)  建築基準法は「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的と」している(一条)ものであつて、建築物の容積率(同法五二条)や建ぺい率(同法五三条)の規制の目的は、一般的な生活環境の保全等という公共利益の維持増進にあるとしても、建築物により日照、通風を妨げられるか又は右建物の火災もしくは倒壊によつて自己の建物が損壊する危険があるなど、保健衛生上の悪影響を受けあるいは火災等の危険にさらされるおそれがある場合には個別的な生命、健康、財産の保護を目的とすると解すべきであるところ、原告は本件土地についての期待権ないし営業上の利益が侵害される旨主張するが、これらは建築基準法によつて保護される利益にあたらないというべきである。

(二)  また、原告は、原告を構成する組合員の健康をも法によつて保護される利益であると主張するけれども、原告は自然人とは異なつて何ら生理的機能をもたない協同組合であるから、建築基準法が目的とする生命、健康の保護による利益を自ら直接享受することのできる主体ではない。

4  成立に争いのない乙第六号証によれば、本件建物と原告組合事務所(原告の肩書事務所存在地は、現在和歌山駅前の道路の一部になつており、その事務所が本件土地のうち国鉄からの借用地内にある。)とは約八〇メートル離れていることが認められ、かかる事情のもとにあつては、本件処分によつて本件建物が建築されたとしても、原告は本件建物の火災、倒壊によつて原告組合事務所が損壊する等の危険にさらされるおそれがあるとは解されないから、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しないものというべきである。

5  したがつて、原告は本件訴えにつき原告適格を有しないというべきである。

三  よつて、原告の本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文 将積良子 新堀亮一)

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